Konpei’s NOTE

旅行記や独り言などいろいろ

更新停止のお知らせ&お礼

こんにちは。以前から予告していましたが、今年いっぱいをもちまして当ブログの更新を停止させていただきます。わずか2年5ヶ月の間でしたが、ブログの難しさ・情報発信の難しさを痛感しました。それ以前に、読んでくれる人を呼び込むことができなかったというのが何より悔しいです。

振り返ってみますと、約2年半の間でいろいろなことがありました。このブログを開設したのは私が会社の部署を異動になった直後でしたが、「プライベートでもなにか始めてみよう」と思ってこのブログを立ち上げました。最初は前置き前置きの連続でなかなか内容が前に進まなかったのですが、それも少しは改善されたかなと思います。私は特段「ブログ文章の書き方」的なものもろくに調べず、独自路線を突っ走ったのですが読者目線で見ていかがだったでしょうか。おかしい部分ばかりではありましたが、この2年半でおよそ700のアクセスがありました。側から見たら少ない数字で、私としても「所詮自分はこんなもん」と卑屈になるところですが、こればかりは逆に称えるべきだと思っています。なんの知識もない人間がゼロからスタートしたブログに700ものアクセスがあった。見てくださった皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。この場を借りてお礼を言わせてください。「ありがとうございました」。

さて、このブログを更新することは二度とないかと思いますが、今までに更新した記事は年明け以降も残したままにしております。また、これまでの旅の記録などなどは今年から始めましたnoteの方にアップしますので、そちらをご覧ください!

Konpei@(自称)遠出同好会会長|note

最後になりますが、長い長い新型コロナとの闘いに誰もが疲弊しているかと思います。この状況の中でも「意識が変わった」「新たな発見があった」など、一つでもポジティブに捉えられるものを見つけてみてはいかがでしょうか。私自身もコロナ禍を振り返ると、「辛いことはたくさんあったが悪いことばかりではなかった」と思います。むしろ小さな穴ではありますが、少しだけ殻を破ることができたのではないかと思っています。これで満足しているわけではないので、まだまだ前に進みます。皆様も立ち止まらずに一歩ずつ前に進んでみてください。

2年半もの間、ありがとうございました!!

【難読地名制覇の旅】番外編 旅の振り返り&ウラ話 

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先日特に惜しまれることもなくフィナーレを迎えた「大阪難読地名制覇の旅」。予告していた通り、今回は後日譚的なものとなります。「ワクチンの副反応が落ち着いてから更新する」と申し上げましたが、案の定37度台後半の熱が出ました。なんとか一日で治り事なきを得まして今はバリバリ元気です。2回接種が完了しましたが、引き続き感染防止のための対策を抜かりなく行います。

今回は、「難読地名制覇の旅」の中で起こったあらゆる出来事をランキング方式で発表しながら旅の振り返りも行っていきます。

 

①「難読度」TOP3

まず始めに、読むのが難しかった地名上位3位をご紹介。難読地名の紹介において、「初見殺し度」という独自のパラメーターを設けていましたが、そのレベルが特に高いと感じた3か所です。

1.茱萸木(くみのき、大阪狭山市

個人的に初見のインパクトがすごかった地名として印象深いのが大阪狭山市にある「茱萸木」。読ませる気がないんですよ。なんの自慢にもなりませんが漢検2級持ってる私でも20数年間生きてて初めて見た漢字ですからね。仕事でたまたま書類にこの地名を記入する機会に恵まれましたが書くのも難しい。特に「萸」の字って「新潟」の「潟」に通ずる中途半端な難しさがあります。

2.遠里小野(おりおの、大阪市住吉区

大阪市の南端、大和川沿いに位置する「遠里小野」。「えーっと、読ませる気はおありで?」と初めて見た瞬間に感じた地名です。近くには「おりおの橋」というバス停もあるのですが、おそらくバス会社の方も「読めるか!」とさじを投げてあえてひらがなにしたんでしょう。ちなみに、万葉集に記載があるほどなのでかなり古くから使われている名前だそうです。

3.立売堀(いたちぼり、大阪市中央区

こちらは正直腹立たしさすら感じましたね。「立」と「売」のセットで「いたち」と読めるわけがない。「名付け人の自己満足なのか?」と。しかし、由来を調べてみますと何となく納得しました。「こんな名付け方もあるんだ」と勉強になります。こんなことで腹を立てていたら、北海道の地名(占冠倶知安etc…)とか見て発狂するかもしれませんね。皆さんは私みたいに難読地名を見ても腹を立てることなく、「ハハハ」と笑って流せるようにしましょう。

 

②「しんどさ」TOP3

続いては、行くのに体力的な消耗が大きかった地域をご紹介。大阪とは言えど、山あいにある地域もたくさんあり、軽い登山となったこともありました。それだけでなく、天候などにも左右されたこともあったので、精神的な消耗も大きかったケースもありました。

1.雁多尾畑(かりんどおばた、柏原市

1位は大阪と奈良の県境近くにある柏原市の「雁多尾畑」。JRの河内堅上駅から徒歩で25分くらいのところにあります。歩くだけなら特に苦痛にはならないのですが、ここの場合ほぼ山の中にある地域なのでちょっとした登山になりました。しかも最初は河内堅上駅のひとつ前にある駅(高井田駅)から雁多尾畑を目指そうとしたのですが、徒歩では困難だったため断念。こちらも坂道が多く大苦戦したのです。もっと簡単に行けると思った私がバカでした。疲れからか、次の日は昼前ぐらいまで寝てましたね。土曜に行ってよかった。

2.誉田(こんだ、羽曳野市

近くに大きな古墳があることで有名な羽曳野市の「誉田」。アクセスは近鉄の古市駅から歩いて10分ちょいのところですが、この日は梅雨末期で天候は災害レベルの大雨。「なんでこんな天気なのに行ったのか」というのが自分でも不思議なレベルですが、案の定駅から歩いて5分で靴下が浸水。傘の存在意義すら薄れてくるレベルの大雨だったので、すごくしんどかったのを覚えています。

3.深野(ふこの、大東市

しんどさ第3位は大東市の「深野」。アクセス自体はそこまで不便ではないのですが、この日使用していたのは自転車(クロスバイク)。東大阪まで自転車を走らせた帰りに目に入ったのが道路標識にある「深野」の文字、「しんどいけどせっかくやし行こう!」とその場のノリと思い付きでチャリを走らせてしまいました。結果的にこの日の総移動距離は40kmほどに達し、しばらくは自転車をこぎたくないと思いました。

 

③「景色」TOP3

この旅を始める前は大阪は端から端までビルや住宅という偏見を持っていた筆者ですが、そのイメージが覆りました。「ここが大阪なのか!」と疑うぐらい景色が美しい場所も多くありましたのでご紹介させていただきます。

1.蕎原(そぶら、貝塚市

貝塚市の山奥にある「蕎原」は大阪のものとは思えないほどの田園風景が広がる地域です。この日は夏の晴れた日でしたので、緑が一面に広がって非常に美しい景色を見ることができました。やる気と時間があれば蕎原を通って和泉葛城山を登ることも可能です。

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2.私市(きさいち、交野市)

京阪交野線の終点でも知られている「私市」、季節によってはハイカーの方も多くみられます。駅から20分ほど歩くと滝があるので、体力に余裕のある方はひと汗かいてからこの滝でマイナスイオンを浴びてみてはいかがでしょうか。小さな滝ですが、気持ちが落ち着きます。

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3.深日(ふけ、岬町)

大阪の中でも一つあるかないかわからないガチな漁港の街である「深日」、「大阪の中では貴重な景色」と言う意味でにランクイン。今年の2月に行きましたが、この日は2月とは思えないほどの陽気でめちゃくちゃ過ごしやすく、なんなら汗をかくくらいの気温でした。漁港の街と言うこともあり、釣りが好きな方は気に入る場所かもしれません。

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④「交通費」TOP3

この旅では公共交通機関に大変お世話になりました。特に南大阪地域の大半を網羅している南海電車が神のように感じました。以前記事にした「大阪市回避の旅」で紹介しましたが、筆者は吹田市民ですのでその中心駅となるJR吹田駅からの交通費となります。ここで紹介するのは複数ある手段の中で最速ルートの交通費となります。

1.蕎原

先ほども登場の「蕎原」が景色との二冠達成です。吹田から新今宮へ出て、南海に乗り換えて貝塚へ。その後、水間鉄道に乗り換えまして最後にコミュニティバスに乗車。計1,400円でございます。大阪府内の移動で交通費1,000円越えってのはちょっとびっくりしますよね…

2.南面利町(なめりちょう、河内長野市

「南面利町」は近隣の町に天野山金剛寺や関西サイクルスポーツセンターなど観光スポットがありますが、こちらは山のふもとにある普通の街です。山道を進むとイノシシ注意の看板があり、大阪らしからぬ風景を見ることができます。ルートはまたも南海を使うルート、新今宮から河内長野へ出て、そこからバスに揺られること20分ほどで到着。合計で1,340円かかります。

3.包近町(かねちかちょう、岸和田市

漢字は違うものの、お笑い第7世代感のある「包近町」が2位にランクイン。桃の名産地としても知られています。ルートは新今宮までは同じでまたまた南海で岸和田へ。岸和田からは牛滝山行きのバスに20分ほど乗車。合計は南面利町に20円届かず、1,320円なり。

 

⑤「緊張感」TOP3

1.出灰(いずりは、高槻市

難読地名の旅でラストを飾った高槻の山奥にある「出灰」。行く前にクマが出てくるという情報を聞いていたので、付け焼刃ですが携帯に鈴のついたストラップを着けていきました。それに、バスの運転士さんに「こいつなんでこんなとこで降りるんや…」みたいな視線で見られないかという不安もありました。登山道も一部区間が災害で通行止めになっていたので、緊張しながら山道を進みます。さらには「河童出没注意」と書かれた看板もあったので、ドキドキしながら50分の滞在時間を過ごしました。

2.毛人谷(えびたに、富田林市)

PL教団がすぐ近くにある「毛人谷」、1/3ほどが市営の墓地で残りがPL教団の施設だったので、何度か「部外者が歩いていていいのか?」という感覚に陥りました。教団の方に捕まるか、熱心な勧誘を受けるかとビビり散らかしていたのですが、ふたを開けてみると颯爽と走り去る車と雨に打たれるアスファルトの音ぐらいしか聞こえませんでした。それはそれで不気味でしたけども。

3.住道矢田(すんじやた、大阪市東住吉区

難読地名の旅で一発目を飾ったのが「住道矢田」でした。一発目ということで、大の大人がひとりで町名表示板を撮るという行為に対して周りの方から白い目で見られてしまうという緊張感がありました。何も犯罪を犯しているわけではないので何か言われても毅然と対応すればよい話なのですが、私は超ビビりなので一発目は非常に緊張しました。今となってはいい思い出。ここからもう一年経ったわけですから、時の速さを痛感します。

 

「後日譚」でもなんでもなく、ただの「振り返り」になってしまいました。一年以上続けたものがこれで本当に終わってしまうとなると非常に寂しい気持ちでいっぱいです。他の都道府県で同じ企画をやりたいという気持ちもありませんので、このような旅をすることはこれからないと思います。しかし、今後もいろいろな土地へ行くことに変わりはありませんので、「旅を楽しむためのちょっとしたスパイス」的な感覚で難読地名に触れていくことができたらと考えています。

最後になりますが、大阪府内で私が紹介した地名以外で「ここも難しいよ!」という場所があれば教えていただけると幸いです。それでは!

【難読地名制覇の旅】最終回 さようなら、全ての難読地名

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昨年7月18日から始まった「大阪難読地名の旅」。コロナ禍で満足に出かけることができない中、大阪府内において初見では読むことができないであろう地名を直接行って確かめるという企画です。企画した私が言うのもなんですが、完結まで一年以上続くとは思いもしませんでした。それも今回でようやく終わりとなります。

個人的には「もうアホみたいに歩かんで済む」と安堵している一方で、寂しさも多少ありますね。大阪を隅から隅まで回ることができた貴重な機会になったのではないかと思いますし、「大阪にもこんな所があったんや!」という新鮮な発見がいっぱいありました。街のど真ん中や大阪らしからぬ山奥までいろんなところに行くことができてよかったです。では、本編に参ります。ハンカチを50枚ぐらい用意していただくことをお勧めします。(ウソです)

前回:【はよ終われ】大阪難読地名制覇の旅 Part.5 - Konpei’s NOTE

 

40.雁多尾畑(2021.6.5訪問)

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所在地:柏原市
読み方:かりんどおばた
到達難易度:★★★★★
初見殺し度:★★★★☆

JR大和路線河内堅上駅から山道を歩いたところに位置します。この河内堅上駅は大阪の駅とは思えぬほどのどかな佇まいをしており、「秘境駅」と呼ばれる駅に匹敵するくらい駅舎が小さいです。東隣には奈良県三郷町があり、「大阪の端っこ」と呼ばれる場所となっています。

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この雁多尾畑には多くの神社やお寺があるのですが、その中で地名の由来となったのが「光徳寺」というお寺です。かつては違う名前だったそうですが、戦乱によって一度消失。その後、園城寺の僧である俊円が再興し「照曜山光徳寺」と改め、その堂を「雁林堂(かりんどう)」と称したことに由来しているらしいです。これに関連してか「雁林堂畑」という書き方もあるそうです。

ここまでの道のりはシリーズ屈指のハードさでして、駅から数百メートル歩いたところで急な坂が私を待ち受けています。その後ほんの少し平坦になりますが、それも束の間ですぐに山道が続きます。山道の途中には小学校・中学校があり、道路沿いには生徒さんが描いた絵が並びます。写真のバス停がある場所は駅から30分も歩いたところにあります。ここで道中の写真を立て続けに貼っていきます。f:id:Konpeix:20210814232056j:image
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41.彼方(2021.6.19訪問)

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  • 所在地:富田林市
  • 読み方:おちかた
  • 到達難易度:★★★☆☆
  • 初見殺し度:★★★☆☆

梅雨真っただ中の6月中旬、無謀にも雨の日なのに傘を片手に難読地名の回収にいそしむ筆者。この周辺は難読地名激戦区となっており、ここから富田林の難読地名が続きます。近鉄滝谷不動駅から石川をまたいで東側に位置するのが彼方です。駅名のもととなっている瀧谷不動尊もここにあります。

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通常であれば「かなた」とも読めるこの地名ですが、なぜ「おちかた」という読み方なのでしょうか。由来を調べてみると、万葉集にこのような句があったようです。

彼方の 赤土(はにふ)の小屋に小雨降り 床さえ濡れぬ 身に添え我妹

「彼方の赤土の小屋に小雨が降ってきて、床も濡れてきた。私のそばに身をよせなさい、いとしい人よ」という意味だそうです。ロマンチックですね。また、ここはかつて「彼方村」という村でそこから合併を繰り返して現在に至るそうです。

 

42.廿山(2021.6.19訪問)

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  • 所在地:富田林市
  • 読み方:つづやま
  • 到達難易度:★★★☆☆
  • 初見殺し度:★★★★☆

彼方を後にし、その足で向かったのが「廿山」です。場所は近鉄川西駅から西へおよそ1.5kmほどのところ。小高い丘の上の街で、地図を見ると住宅街や団地が並んでいます。飛び地となっているのでこちらを「廿山①」とすると、「廿山②」は後述の「パーフェクトリバティー教団」のシンボルである大平和記念塔の付近にあります。付近にはこの地名の由来であると考えられる「廿山古墳」がありますが、この古墳自体の詳細がよくわかっていません。ちなみに、この「廿山古墳」と隣接する「二本松古墳」はトンネルの上にある古墳というユニークなものになっています。

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肝心な「廿山」という名前自体の由来を調べてみたのですが、こちらも詳細不明ということです。日常においてあまりなじみのない「廿」という漢字を使っていますが、本来であれば「じゅう」と読むそうで、漢数字の「十」が二つ横に並んでいることからきているそうです。ちなみに、この「廿山」の近くに同じ読み方で「津々山台」と言う地名もあります。この二つに何か関連はあるのでしょうか?

 

43.毛人谷(2021.6.19訪問)

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  • 所在地:富田林市
  • 読み方:えびたに
  • 到達難易度:No Count
  • 初見殺し度:★★★★☆

ここ「毛人谷」ですが、いろんな意味で到達困難です。地名表示板はおろか、地名がわかるものすら撮影することもできませんでした。ご了承ください。

では、そうなってしまった理由を説明させていただきます。ここ毛人谷の約1/3を占めるのが「西山墓地」という公営の墓地、残りは「パーフェクトリバティー教団(以下PL教団)」の土地となっていて許可なく立ち入ることができない場所でした。「PL教団」と聞いて真っ先に思い浮かべたのが、昭和から平成にかけて高校野球の名門校として名を馳せた「PL学園」です。現在は野球部も休部となり、学園自体の生徒数も大幅に減っているという話を聞きます。花火大会もコロナの影響で実施されていませんし、教団自体の現状と今後が気になるところですね。

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かつて「毛人谷」のエリアは現在よりも広かったとされており、近くには南北朝時代楠木正成が設けたとされる「毛人谷城跡」もあります。この毛人谷城跡があった場所というのが、前述した現在の西山墓地のあたりだとされているとのことです。また、「毛人谷」という名前が付いた理由ですが、古代蝦夷人を指す「毛人」が居住していたことから付いた名前だとされています。「蝦夷」と書いて「えぞ」「えみし」と読むことが知られていますが、7世紀以前は「毛人」と書いて「えびす」と読まれていました。そこから「えびたに」と言うようになったそうです。

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44.大饗(2021.7.3訪問)

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  • 所在地:堺市美原区
  • 読み方:おわい
  • 到達難易度:★★★☆☆
  • 初見殺し度:★★★☆☆

続いてやって来ましたのは堺市にある「大饗」というところ。最寄り駅は南海高野線初芝駅ですが、徒歩だと20分ほどかかります。初芝駅からバスが出ていますが、本数もそこまで多くはないです。私は歩くのが好きなので駅から徒歩で行きましたが、7月に入ったこともあって汗だくになりました。しかも、頑張って歩いていると横を大饗方面へ向かうバスが通り過ぎていきました。見事、心身ともにダメージを受けました。

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「大饗」には名字も存在しており、「おおわい」「おおあえ」「おおあい」「おおば」という読み方もあるそうです。なぜこのような漢字と読み方になったかは不明ですが、かつて存在した「河内国八上郡大饗村」という地域があったことから現在に至っているようです。

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45.毛穴町(2021.7.3訪問)

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  • 所在地:堺市中区
  • 読み方:けなちょう
  • 到達難易度:★★☆☆☆
  • 初見殺し度:★★☆☆☆

JR阪和線の鳳駅から東に15分ちょっと歩いたところにあるのが「毛穴町」、「けあな」と書いて「けな」と読みます。周囲には工場などが多く、下町の雰囲気が感じられました。また、「泉北2号線」という大きな道路がこの街を南北に貫いているので、通りにはマクドナルドやしまむらといった有名店が軒を連ねています。さらに、滅多に見たことがない「シャディ」の看板があったのですが、ここ毛穴町にはなく、鳳駅の近くにあるようです。CMではよく聞いたりするのですが、実物を見るのは初めてな気がします。単なるスーパーではなく、ギフトを販売するお店なんですね。ずっと関東あたりでブイブイ言わせているスーパーだと思っていました。

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名前の由来には諸説あるようですが、鎌倉時代にこの周辺を統治していた「毛穴一族」に由来する説が有力です。また、付近にあるバスの停留所に「毛穴なかよし橋」という名称のものがあるらしく、そのインパクトからネットを賑わせたみたいです。

 

46.蕎原(2021.8.8訪問)

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  • 所在地:貝塚市
  • 読み方:そぶら
  • 到達難易度:★★★★★
  • 初見殺し度:★★★☆☆

交通網が豊かな大阪において到達難易度が星5つ。それが貝塚市の山間部に位置する「蕎原」です。今回のサムネイルにしていますが、大阪とは思えぬほどのどかな地域です。南海の貝塚駅から水間鉄道で終点の水間観音駅へ向かうまではまだいいのですが、ここから一日6便のコミュニティバスに乗車する必要があります。水間観音駅からはバスでおよそ15分の場所ですが、眼下には大阪のものとは思えぬほどの田園風景が広がっています。また、和泉葛城山への登山ルートになっているため、バスにもハイカーの方が何人か乗車されていました。折り返しのバスが来るまで1時間40分ほど時間が空いたので、私も時間の許す限り山道を散歩してみました。

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道は「林道」と呼ぶにふさわしいほど木々に囲まれた道でしたが、意外にも車通りが多かったです。それもそのはずで、山道を進んでいくとキャンプ場がありました。駐車場にもかなりの車が停まっており、家族連れのキャンパーでにぎわっていました。大阪のキャンプ地としては結構穴場なのかもしれませんね。さらに「森のレストラン」なるものもあって、思っていた以上に見所がありました。

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キリのいいところで山道を引き返し、「蕎原」バス停の近くまで戻ってきました。まだ時間が余っていたので周辺をブラブラしていると小さなお堂がありましたので、今後の健康と多幸を祈って手を合わせました。ここのみならず、行った先々の神社やお寺で手を合わせているのですが一向にいいことが起こらないのが少し心配です。

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この「蕎原」は南北朝時代に記載のある地名だそうで、「蕎麦原」とかいて「そばはら」と読むこともあるようです。写真にもある町名表示にも「ソバハラ又はソブラ」という表記があるので、どちらでも読まれているのかもしれません。明確な記述はありませんが、文字通り蕎麦の産地として有名な場所だったためにこの名が付いたのでしょうか。

 

47.清児(2021.8.8訪問)

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  • 所在地:貝塚市
  • 読み方:せちご
  • 到達難易度:★★☆☆☆
  • 初見殺し度:★★★☆☆

古典に詳しい方なら初見でもギリギリ読めるかもしれません。「清い児(ちご)」と書いて「せちご」と読みます。先ほど出てきました水間鉄道の駅に同名の駅が存在し、駅前にはかつて「水間街道」という主要道路があった関係からか、昔ながらの家々が並んでいます。

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地名の由来となるのが付近にある「稚児塚」という場所なのですが、その話は奈良時代までさかのぼります。行基(日本史でも出てくる僧侶で、水間寺の開祖)が一羽の白鳥に導かれ、その途中で白鳥が羽を落として飛び去ります。道に迷った行基ですが、この稚児塚のあたりで一人の童子が現われて水間の地まで案内して姿を消したのです。この童子が「十六童子」の化身だったので、以後この地に塚を築き祀ったという話です。以上、清児駅にあった観光案内の看板の文言をまるまる拝借しました。

ちなみに、「十六童子」というのは水間地域で伝えられてきた伝説に登場します。この十六童子行基観音菩薩に導いたとされており、昨年からは水間鉄道水間寺がタッグを組んで十六童子の石像を設置しました。これによって沿線の魅力向上を図っているようです。

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48.出灰(2021.9.12訪問)

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  • 所在地:高槻市
  • 読み方:いずりは
  • 到達難易度:★★★★☆
  • 初見殺し度:★★★★☆

難読地名制覇の旅もついに最後の一つとなりました。ラストは高槻市の山間部にある「出灰」のご紹介となります。南北に長い高槻市のほぼ最北端に位置しており、アクセスはJR高槻駅から高槻市バスで30分ほど乗車、「出灰」のバス停で降車します。「ポンポン山」への登山ルートの一つになっていますが、2021年9月現在では台風による倒木のため出灰からポンポン山への登山ルートは通行不能となっています。

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通行不能とはなっているものの、途中行けるところまでは行くことができました。登山道沿いには多くの神社や寺院が立ち並んでおり、特に「素盞嗚神社」には樹齢約300年のご神木があります。私の約10倍もの年月を過ごしていると考えると気が遠くなりました。そこからさらに山道を進んでいくと、ナイトスクープによく出てきた「パラダイス」的な建物もあります。そのまた奥に進みますと、木々がなぎ倒されている風景が飛び込んできました。ここまで来ると流石に怖くなってきたので引き返すことにしましたが、それでも思っていたよりは奥の方まで進むことはできました。

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ちなみに、地図の●が指す位置(出灰不動尊奥の院付近)までは進むことは可能でした。また、帰りのバスでは私の他にハイカーの方が5人ほど乗車されました。通行不能になっているのにどこからいらっしゃったのかが気になりました(笑)

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由来の説明の前に少しだけ。「出」と言う字は「で」と読むのがメジャーですが、「出づる」と書いて「いづる」とも読むことができます。聖徳太子が中国の皇帝に宛てた所の中にある「日出る処の天子…」の一説は日本史で習った方もいるかと思います。他にもアニメのキャラクターとかが「出でよ○○!」と言ったりしていますね。少し長くなりましたが、この地域では石灰岩が多く取れた場所で、漆喰の原料となる消石灰を生産していたことに由来します。近くを流れる出灰川では現在も石灰岩を見つけることができるそうです。

 

さて、ようやく終わってしまいました「難読地名の旅」。思うことは山のようにあるのですが、文字数が引くほど多くなってしまいましたので、また別で「後日譚」を更新しようかと思います。大変だったことや気づいたことを色々とお話しできればと考えています。今月中(近日中に2回目のワクチン接種があり、副反応が落ち着いてからになると思います)には必ず更新しますので、引き続きよろしくお願いします!

 

参考にさせていただいたサイト等

光徳寺 | OSAKA-INFO

彼方(大阪府富田林市)

廿山古墳&二本松古墳|まさかな場所にある古墳〜富田林市〜 - 南河内に何がある?|南河内の観光スポットを紹介

【いくつ読める?】遠里小野、毛人谷、道修町…大阪府の難読地名〜中級編〜

大阪府には「毛穴町」がある - 雑学ぼっくす

「蕎原」(そばはら / そはら)さんの名字の由来、語源、分布。 - 日本姓氏語源辞典・人名力

2ページ/貝塚市

6月25日 地域の歴史を学ぶ 樫田小児童が素盞嗚神社や出灰川を散策/高槻市ホームページ

【検証】大阪市スルー!遠回りで堺へGO!

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私の自宅は大阪の吹田市というところなんですが、吹田市の中でも大阪市との境に程近い地域にあります。出かける時の最寄り駅も大阪市内に入ったところにあるので、大阪市の存在は日常生活に必要不可欠なのです。ある日、いつものように最寄り駅へ歩いていると一つの疑問が生じます。

大阪市通らずに堺の方まで行けるんかな?」

本来、堺方面に行くにはJR阪和線南海線を使うかと思います。それだと1時間かからないくらいで着くことができますが、いずれも私の地元・吹田市から行くには大阪市を通らなければなりません。大阪市を通らずして堺へ向かうことはできるのか。乗り換え案内を駆使した結果、以下のようなルートを導き出すことができました。なお、休みの日に実行するイメージなので、ダイヤ設定は土休日のものとしています。

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どうやら鉄道とバスを乗り継げば行けるようです。なお、このルートは筆者が独自に出したルートですので、他のルートは何通りかあると思います。「これ以外のルートでも行けるで」というようであれば、情報をご提供いただきたく存じます。

さて、行けるというのがわかりましたので実際にこのルートをなぞってみましょう。普通に行くより約5倍の時間がかかりますが、筆者は無事に堺に辿り着けるのでしょうか?

遠回りの旅、スタート

出発は筆者の地元・吹田市の主要駅であるJR吹田駅、そして最終目的地は堺市役所の最寄駅である南海高野線堺東駅とします。また、今回のルートを描写するため、「ルートヒストリー」という位置情報アプリで私の通ったルートをなぞっていきます。

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まずはJR吹田から京都方面の電車に乗って茨木へ向かいます。ここまでは余裕のよっちゃんですが、茨木からはしばらくバスの旅となり、電車とは4時間ほどおさらばすることになります。

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JR茨木駅の東口からは京阪バスに乗って京阪の寝屋川市駅を目指すわけですが、車内は立つ人が数名いるくらいに混んでました。私は座ることができましたが、運転席から2列ほど後ろにある低い席で外の様子がほとんど見えませんでした。乗り物に乗るときは外の景色を見るのが楽しみの一つなのに、これを奪われちゃたまったもんではありません。

悶々とした気持ちのまま寝屋川市駅に到着。ここで45分ほど空き時間ができました。数少ない貴重な空き時間となるので、トイレを済ませてからサンマルクカフェで紅茶をしばきながらチョコクロを食べました。サンマルクチョコクロは美味しいので、朝に弱い私でも毎朝食べたいぐらいです。休憩を終えてから今度は四条畷駅行きのバスに乗車、またしても京阪バスです。このバスは先程乗車したバスとは対照的で、5人程度しか乗っていませんでした。時間帯も関係してるのでしょうか。

30分ほどで大東市にあることでお馴染みの四条畷駅に到着。次のバスは近鉄バス、ここから一気に東大阪市に入って東花園駅まで向かいます。このバスは国道170号の旧道を通るのですが、こちらは「都市型酷道」と呼ばれるくらい道幅が狭いことで知られています。センターラインがあるにはあるのですが、大型バスやトラック同士がギリギリ離合できるくらいの幅なのでドライバー泣かせの道になっています。私も何度か自転車でここを通りましたが、自転車や歩行者が通るスペースは申し訳程度しかなく、交通量も多くて走りにくいことこの上なしです。

そんなカオスな道を通り抜け、辿り着いたのは東花園駅ラグビーの聖地として知られる花園ラグビー場の最寄駅です。ちょっと前まで大阪方面のホームは地上、奈良方面のホームは高架という珍しい構造だったのですが、知らぬ間に高架化工事が完了していました。ちなみに筆者が高校の時、ラグビー場に隣接する陸上競技場で陸上の試合をしたことが何度かあります。

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ここで30分ほど休憩を取り、今度は河内山本駅行きのバスに乗り込みます。早くも東大阪市を抜けて八尾市に入りました。東花園駅から30分ほどで河内山本駅前に到着、ここで約4時間ぶりに電車に乗ります。バスから電車となるとなんだか安心しますよね。

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河内山本から大和八木方面の電車に乗り、堅下という駅で下車します。堅下駅は他路線との接続駅ではありませんが、ここから10分ほど歩いたところにJRと近鉄柏原駅があります。そこから乗るのが屈指の短距離路線である近鉄道明寺線です。大都市大阪の路線でありながら、2両編成で昼間の本数は1時間当たり2本。これを少ないと感じてしまうのは都会っ子の性(さが)なのでしょうか。柏原から乗車し、ICOCAを使う方は改札口とホーム上のカードリーダーに2回タッチが必要なのでご注意を。

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道明寺線の旅は僅か4分で終了、道明寺駅からは阿倍野橋駅行きの電車で河内松原へ向かいます。こちらも10分ほどの乗車、河内松原からは最後の走者である南海バスに乗り換えます。

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始発停留所の河内松原駅前の時点では車内は割と閑散としていましたが、沿線に学校や障がい者施設があるためそこの方が多く乗ってこられました。さらには途中で渋滞があり、思うようにバスが進みません。それでもバスは走り続け、ようやく最終目的地である堺市に突入。定刻から5分ほど遅れて堺東駅前に到着です。

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堺東には初めて来ましたが、駅前の再開発があったようで思っていた10倍はきれいで栄えていました。一方で堺東駅自体は地上駅なのでそのギャップにびっくりしました。

旅の振り返り

さて、冒頭で紹介した「ルートヒストリー」でなぞったルートをお見せします。ご覧の通り、大阪市をきれいに囲むような形となりました。

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かかった時間と距離もご覧ください。

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普通にJRと南海を使えばおよそ50分、26kmほどの移動ですが、大阪市を避けて通るとかなり恐ろしい数字になりますね。しかし、これ以上に恐ろしいのが交通費です。

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企画した自分が一番引きました。JRと南海を乗り継いで楽に行けばいいのにその約4倍の交通費がかかります。高いと考えるか安いと考えるかは皆さん次第ですが、私にとっては同じ大阪府内を移動するだけでこれだけかかるのは高いかなと思います。これだけあれば、JR吹田からかなり遠くの方まで行けるのではないでしょうか。

なかなかのバカ企画でしたが、いかがでしたでしょうか。大阪府民にとって大阪市の存在は偉大であることがよくわかったと同時に、たまには遠回りでいつもと違う車窓を眺めながら目的地に行くのも悪くないなと思いました。今後も王道のルートをあえて回避する旅というのを続けて行けたらいいなと思います。

【大阪⇔?】日帰り旅行の限界はどこまで?

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一日は24時間あり、その中でできることは限られています。一日を有効に使うべく趣味に充てるもよし、惰眠を貪るもよし。私の場合、旅先に宿泊せずその日のうちに帰宅する「日帰り旅行」をすることがよくあります。朝早くに出て夜遅くに帰宅するという体力的には少ししんどい旅となりますが、場所によっては限られた滞在時間の中で十分に楽しむことができます。今回は今までに行った日帰り旅行の中で東西南北それぞれの方角で一番遠方に行ったのがどこなのかというのを紹介していきます。

 

日帰りでどこまで行けるの?

私が日帰り旅行をする理由は「宿泊代を浮かせる」、これに尽きます。体力的にはやはりしんどいですが、金銭的には少しセーブすることができます。さらに、交通費にお金をかけることもできるので、行き帰りは新幹線や特急電車を使うことができます。さて、今までに行った日帰り旅行で一番遠い場所を東西南北の順番に紹介していきます。なお、筆者の自宅は大阪北部某所ですので、新幹線も通っている「新大阪駅発着」と考えていただければ結構です。

①東の限界:長野・松本市

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・所要時間:行き約3時間半、帰り約5時間(名古屋から近鉄特急利用のため)

・距離:片道約375km(新大阪から名古屋経由)

・滞在時間(電車の到着~出発まで):約6時間

・日帰り難易度:★★★☆☆

疲労度:★★★☆☆

まずは「東」、長野県は松本市。2019年(10連休あった年)のゴールデンウィークに「松本城に行きたい!」と思って行ってきました。名古屋朝7時発のしなのに乗るべく起床は5時台。しかも松本城に着いたと思ったら目に飛び込んできたのは大行列。入場するまでにかかった時間はディズニーランドやUSJもびっくりの約2時間。自分でもなんでこんなに待つことができたか未だにわかりません。その間、鉄砲隊の実演をやっていたので退屈はしなかったですね。松本城内部は言うまでもなくすごかったですが、想像以上に底冷えがひどく、気温以上の寒さを感じました。個人的に思い出に残っているのは大行列と底冷えとお濠で白鳥がくつろいでいた姿ですね。

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帰りは少しでも節約したかったので名古屋から近鉄特急(アーバンライナーのデラックスシート)に乗りましたが、大行列がなく帰りも新幹線を使っていれば滞在時間はもっと伸ばせたのではないかと思います。名古屋行きのしなのも松本から1時間に一本は出ているので、帰りの電車もその日のうちに帰宅できる時間を乗り換え案内から導き出すことができれば問題はない!…はずです。

②西の限界:鳥取

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・所要時間:行き・帰りともに約2時間40分

・距離:片道約215km

・滞在時間:約6時間半

・日帰り難易度:★☆☆☆☆

疲労度:★★☆☆☆

「西」の限界は鳥取市。4年前のちょうどこの時期に思い付きで「鳥取砂丘に行きたい!」と思い立って実行したわけですが、特急「スーパーはくと」を使えば乗り換えなしで行くことができるので正直余裕で行くことができます。現地では砂丘のほか、海鮮丼に舌鼓を打ったり砂の博物館を見たりと非常に充実していました。先日砂の中から数十年も前のファンタグレープが出てきたと話題になりましたが、そのようなお宝は見つけられませんでした。砂丘から戻ってきた後も時間に余裕ができたので、鳥取城跡を散策することができました。こちらも鳥取市街を一望できて気持ちのいい場所です。

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この日は「スーパーはくと」の始発で大阪を7時半ごろに発ち、鳥取着が10時過ぎ。帰りが17時前の便だったので6時間半以上滞在できましたが、最終となる「スーパーはくと」は18時40分に出て大阪着が21時過ぎなので、その気になれば8時間半も滞在することができます。

③南の限界:和歌山・潮岬

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・所要時間:行き・帰りともに約3時間30分

・距離:約241km

・滞在時間:約5時間

・日帰り難易度:★★★★☆

疲労度:★★★☆☆

続いて「南」の限界は本州最南端の潮岬。ここに関しては沖縄などに行かない限り更新は困難ではないかと思います。行ったのは昨年の8月末、うだるような暑さでしたが潮岬をブラブラしたり橋杭岩を見たりしてきました。ただし、海が青く晴れならば空もきれいなので、きれいな景色を見たいのであれば暑さに耐えてでも夏に行った方が良いと思います。本州最南端の石碑近くにあった「潮風の休憩所」に入るとクーラーがガンガンに効いていて、もはや天国に感じました。昼食は「近大マグロ」を使ったマグロ丼、潮岬の東に浮かぶ紀伊大島という島で養殖研究をしているみたいです。潮岬に行くのは前々からの念願だったので、それがかなってめちゃめちゃ嬉しかったです。

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串本までは特急「くろしお」一本で行くことができるのでそこはどうということはないのですが、ここからさらに潮岬まで行こうもんなら本数が限られているコミュニティバスを利用しなければならないので時間を計算しなければなりません。また、電車自体も本数が非常に少ないので、公共交通を使って潮岬まで行く方は乗り遅れがないよう事前に時刻表とにらめっこしなければなりません。きのくに線は一時間一本の時間帯がほとんどで「くろしお」の本数も限られているため、ヘタすると帰りは各駅停車や快速を乗り継いで帰らざるを得ない…という時間帯もあるようです。この場合、大阪まで5時間ほどかかるようですが、この日は幸いにも行き帰りとも「くろしお」に乗車できたので良かったです。余談ですが、この翌日には名古屋へ日帰り旅行に行きました。二日連続の日帰り旅行となると結構体に堪えますね。

④北の限界:富山

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・所要時間:行き・帰りともに約3時間30分

・距離:約322km

・滞在時間:約6時間

・日帰り難易度:★★★☆☆

疲労度:★★★☆☆

最後は「北」の限界、6月末に行ったばかりの富山です。ここを更新するまでは先ほどの松本が日帰り旅行における東の限界であり北の限界でしたが、方角的には富山の方が北となりますので最北記録を更新したことになります。富山市内とその近郊地を観光しましたが、市内だけでも富山城址や富岩運河公園など見所はたくさんあり、特に富岩運河公園からは水上バスに乗って運河のクルージングを楽しむこともできます。また、富山地方鉄道で15分ほど東に行くと「日本一小さな村」であり、北陸3県唯一の村としても有名な舟橋村に行くことも可能です。また、富山には4年ほど前の夏にも来たことがあるのですが、夜に富岩運河公園に行くとライトアップがされていてとてもきれいでした。

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大阪からのアクセスは特急「サンダーバード」でまずは金沢へ、そこから北陸新幹線へ乗り換えという単純明快なルートです。現在は感染防止の観点から一部の便が運休していますが、本数も非常に充実しているので時間も特段気にする必要はないでしょう。特急と新幹線を使ってでも3時間半かかるのですから、その遠さを実感します。ちなみに、繁忙期の「サンダーバード」は自由席が埋まっている日もあるのでGWやお盆に北陸へ行く場合は早めの座席確保をお勧めします。4年前に行ったときはそれで「立ち席」という地獄を見ましたので…

 

最後に:日帰り旅行で注意すべき点

いくら「日帰り旅行」とは言えど油断は禁物です。なぜならば、「日帰りできない可能性」を排除できないからなのです。仮に終電で帰ろうとしても不測の事態が起こってその日の帰宅ができなくなることだってあります。また、思ったより楽しくて「もう一日いたい!」と心変わりすることもあるかもしれません。荷物は最低限のものに留めるのがベストではありますが、私はこのようなことが起こった時のために宿泊用の荷物もカバンに詰め込んでいます。今までの日帰り旅行でこのようなケースに至ったことはありませんが、歯磨きセットや下着などは持って行くようにしています。

そして電車の場合は日帰りに限らず、乗り遅れがないように行き帰りの時間をしっかりと把握しておかなければなりません。先ほども出た潮岬のように本数が極端に少ないところでは出発前夜に調べるのも遅いくらいです。筆者自身も計画を立てるのはいつも直前ですが、公共交通を使う場合、電車の本数と時間については一番先に調べるようにしています。

 

ここまで東西南北の順に日帰り旅行の限界を紹介してきましたが、今後も更新の余地は大いにあります。幸い筆者が住んでいる大阪は交通網が発達しているので、日帰りであったとしても様々な場所に行くことができます。その気になれば飛行機に乗って沖縄や北海道まで行くことができるという話も聞くので、いつかはやってみたいと思っています。旅行に行きにくい今日この頃ではありますが、各々で感染対策を講じながら無理のない範囲で日帰り旅行を楽しんでみませんか?

近況報告とお知らせ

皆さんお久しぶりです。お元気でしょうか?

私は信じられないくらい絶好調です。体力的にも精神的にも引くほど元気です。さて、更新が滞ってしまい申し訳ありません。今回は近況報告や今後の方針をお話ししていこうと思います。

まず、2月ごろにとち狂って「年内1,000アクセス達さなければ当ブログの更新を停止する」と声高に宣言してしまいました。しかし、アクセス数は奮わず500を超えてから停滞が続いています。ブログの運営者として「私の力不足」という言葉しか見つかりません。そこで、結果に関わらず当ブログを今年いっぱいで更新を停止することにいたしました。「目標に向かって最後までやり切るのが男だろ」とか「諦めんなよ!」と色々なご意見があるかと思いますが、正直なところ「年内1,000アクセス」というのが非現実的な数字となってしまったので今回の決断を下した次第です。私としては今すぐ更新を停止しようかとも考えましたが、まだ未完のネタもありますのでせめてそれだけでも完結しようと思った次第です。完結したいネタというのが「大阪難読地名制覇の旅」でして、ついに残り8ヶ所となりました。これを終わらせないことには当ブログの幕を下ろすことはできないと思っています。「難読地名の旅 最終回スペシャル」と題して盛大にやりたいと思いますので、ご期待ください。ちなみに現在も進行中なのでコンプリートでき次第の更新となります。目標としては来月か再来月ぐらいには更新したいですね。

当ブログは年内限りで更新を停止しますが、過去記事の削除は行わず皆さんに見ていただける状態を継続します。また、来年以降の方針としましてはnote(下記のリンクをご参照ください)を中心とした活動に切り替え、引き続き日常の様子や過去に行った場所の紹介を続けようと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします!

Konpei |note

【みちのくひとり旅】Part.4 ちょっとだけ栃木観光

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しばらくの間、偉そうに「である調」で記事を書いてきましたが久々に「ですます調」に戻します。最初は「である調」にそこそこ手ごたえを感じていたのですが、回を重ねるうちに「なんかちゃうぞ」と。そういう訳で「ですます調」に戻す次第でございます。気が変わればまた偉そうに「である調」で記事を書くかもしれませんが(笑)

本題に参ります。東北旅行の最終回となりますが今回はつかの間の栃木観光の様子です。前日平泉から宿のある宇都宮まで300kmを南下、泊まっただけで帰るのももったいなかったので宇都宮市内を観光します。時間があれば宇都宮の餃子も食べたいですね。

<目次>

 

採石場だった大谷資料館へ

前夜の荒れた天気とは打って変わって快晴の栃木・宇都宮。どこに行くのかと申しますと、宇都宮市郊外にある「大谷資料館」というところ。「資料館」とは言っても博物館のようなところというよりは洞窟みたいな作りになっていて非常にひんやりとした場所なのだそう。この時期の猛暑をしのぐにはもってこいの場所となります。前夜にホテルで宇都宮の観光名所を探していると出てきたのでここに決めました。目的地を決めるのはいつもギリギリですが、一人旅ではそれが許されますのでね。

東武宇都宮駅近くのバス停からバスに乗り込みます。道中には高校野球の強豪校である作新学院高校がありました。生徒さんと思われる方も乗っていましたが、敷地が引くほどでかいみたいですね。ここまでは地方都市によくある風景が続いていましたが、高速道路の下をくぐると景色が一変。建物の数が減って緑の比率が明らかに増えました。乗車すること30分、ようやく大谷資料館の近くに到着です。周りは大きな岩に囲まれた場所で、採掘が盛んだったことがうかがえます。

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ここ大谷の地で採れる石は地名からそのまま「大谷石」と名付けられており、かつては東京の旧帝国ホテルにも使われたほどの石なのです。かつて地下には巨大な採掘場があり、現在はその採掘場跡を一般に公開しており雰囲気としてはなんだかピラミッドの中にいるような感じがしました。正面から岩が転がってくるタイプのトラップが仕掛けられていてもなんら違和感はないです。また、坑内の平均気温は8度前後となっているので夏場に来ても寒いくらいの体感になっています。ドラマや映画、さらにはアーティストの楽曲PV撮影で使用された実績も多数あり、実際に使われたときの写真も展示されています。1981年の「セーラー服と機関銃」を皮切りにその後も実写映画の方の「るろうに剣心」や「暗殺教室」などで使用されています。

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資料館を出てからは急にむわっとした暑さが体中を覆います。出て数分しないうちに汗が噴き出してきたので近くのカフェで小休止。ジェラートを食べながらクールダウンを試みます。詳しく覚えていませんがイチゴのジェラートなのでおそらくとちおとめを使っているんでしょうね。おいしかったですし涼しくなりました。

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旅の締めは宇都宮餃子!

大谷資料館を後にして宇都宮市街に戻ります。昼食はもちろん宇都宮の餃子ですがその前に大きな神社が近くにあったので先にそこを参拝します。神社の名は「二荒山神社」、街中の神社にも関わらず長い石段が設けられており夏場に参拝するときはかなりきついです。いい意味で市街地にあるような雰囲気が全くありませんでした。

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そしてお待ちかねの昼食。やって来たのは宇都宮餃子会という専門店組織が運営する「くらっせ」の本店。宇都宮にある餃子専門店が5つ一堂に会しており、フードコート形式で好きなお店の餃子を食べることができるのです。さて、今回私がいただくのは「香蘭」の焼き餃子。写真に指が入ってしまったのでその部分を切り取りましたら全体が写らなくなってしまいましたが、味は文句なしでおいしいです。大阪人としては餃子の王将がトップですが、本場のものはそれとは違う良さがありました。「香蘭」の餃子だけでなく、他店舗の餃子も一品ずつ食べて味比べでもすればよかったなあと少し後悔しています。

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帰りは優雅にグリーン車で…

新幹線で宇都宮を出た後、この時の筆者は時間に余裕があれば東京を少しぶらつこうかと思っていたのですが、最終的に疲れから断念しました。このような場合、宇都宮から新大阪の乗車券を通しで購入すれば途中下車も可能でそっちの方が安いという事実を知りませんで宇都宮から東京の乗車券を買ってしまう痛恨のミスを犯してしまったのです。そんなことはつゆ知らず財布のひもがゆるっゆるの筆者、「普通に帰るのは盛り上がりに欠ける」と思い東京からはグリーン車で帰ることにしたのです。そう、人生初の新幹線グリーン車でございます。

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所要時間の短い「のぞみ」で帰ってもよかったのですが、東京→大阪の「のぞみ」だと芸能人が乗っている可能性が高いし絶対萎縮して落ち着かないので「ひかり」に乗車。乗ってびっくり、東京を出て早々にパーサーさんからおしぼりが手渡されたではありませんか! いい紙を使ったおしぼりでしたし、キングカズこと三浦知良選手が写った「ダ〇ディハウス」の広告がプリントされていました。席が広いですしリクライニングも引くほど倒れます。グリーン車の雰囲気に圧倒されつつもゆっくりとくつろぐことができたと思います。この当時24歳でしたが、大人の仲間入りを果たせた気がしました。

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まとめ

初めての東北地方、今回は宮城と岩手の2県に行ってきました。北の地域なので夏でも多少は涼しいだろうと思い込んでいましたがそんなことは一切なく、ずっと暑いままでした。今では夏だと日本中どこでもあっついですね。

さて、一日目から順番に振り返ってまいります。仙台に到着してから早速本場の牛タンに舌鼓を打ち、焼肉屋で食べる牛タンがペラッペラに思えるほどの分厚さと食べ応えに圧倒されました。その後、瑞鳳殿青葉城址など仙台の観光名所や日本三景の一つである松島を観光。ずんだ餅が思いのほかお腹にずしんとくる食べ物だということは忘れもしません。また、松島に着いたのが夕方ごろで閉まっていく店が多かったので、時間配分を多少間違えた感はありました。やはり松島に行くのであれば早い時間から行くのがベストですね。この旅唯一の反省点でもあります。

2日目は朝から雨の中、岩手の平泉へ。毛越寺中尊寺、さらには高館義経堂に行って歴史ある街を散策。奥州藤原氏のすごさと源義経の悲壮な最期について勉強することができました。日本史や古典の授業で出てきた単語が多く、それを実際に現地で目にすることって何よりの勉強になると思います。学生時代にこういう勉強法ができれば一番よかったのですが、大赤字は免れず財布が跡形もなく燃えてなくなるでしょう。

3日目は今回の内容の通り。例のごとく前夜に計画した行き当たりばったりなものでしたが非常に楽しかったですね。神秘的な雰囲気を楽しむことができましたし、暑さを凌ぐにはもってこいの場所でした。餃子もおいしかったし観光地も多いので栃木はもっとクローズアップされてもいいと思いました。

全体を通じた感想ですが、「食」の面で非常に充実した3日間だったと思います。それぞれの地域を代表する料理を大方食べることができて満足でしたし、観光に没頭しすぎて昼食が取れないということもなかったので体力的にも安定した3日間でした。また一部では数年前の震災の爪痕も見られ、松島の定食屋では入り口の扉が浸かるぐらいまで津波がきたそうです。あれほどの災害だったにもかかわらず復興が着々と進んでいる様子を見て安心しました。復興したら終わりという訳ではないと思うので、これからも陰ながら東北地方の益々の発展を願っています。

ここで「みちのくひとり旅」シリーズは完結、次は2018年12月に行った宮崎と鹿児島での様子です。初めての南九州、南国で待ち受けるものとはいったい。是非ご期待ください。では、皆さんごきげんよう